大判例

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東京高等裁判所 平成4年(行コ)36号 判決

控訴人

甲野一郎

林夏実

中川孝志

実方藤男

永井清

乙川祥子

右六名訴訟代理人弁護士

藤田正人

福島武司

被控訴人

東京拘置所長

川島浩

被控訴人

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右両名指定代理人

門西栄一

外四名

主文

一  控訴人甲野一郎及び同乙川祥子につき、原判決主文第二項を次のとおり変更する。

1  被控訴人国は、控訴人甲野一郎及び同乙川祥子に対してそれぞれ三万円並びに右各金員に対して、控訴人甲野一郎については昭和六二年九月二日から、同乙川祥子については同年一一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  右控訴人両名の被控訴人国に対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人甲野一郎の被控訴人東京拘置所長に対する本件控訴並びに控訴人林夏実、同中川孝志、同実方藤男及び同永井清の被控訴人国に対する本件控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、控訴人甲野一郎及び同乙川祥子と被控訴人国との間に生じたものは、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を同控訴人らの、その余を被控訴人国の負担とし、主文第二項の各控訴に係る控訴費用は当該控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  控訴人甲野一郎の被控訴人東京拘置所長に対する訴えを原審に差し戻す。

3  被控訴人国は、控訴人甲野一郎に対して三五万円、同林夏実、同実方藤男及び同永井清に対してそれぞれ一五万円、同中川孝志に対して一〇万円、同乙川祥子に対して二〇万円並びに右各金員に対して、同乙川祥子を除く控訴人らについては昭和六二年九月二日から、同乙川祥子については同年一一月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

5  3につき仮執行の宣言

二  被控訴人ら

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

3  担保の提供を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張及び証拠関係

一  当事者の主張は、以下の1ないし4のとおり補正し、かつ、二及び三のとおり追加するほか、原判決事実欄第二当事者の主張記載とおりである。

1  原判決四枚目表二行目の「婚姻の届出をした乙川の妻である」の次に「(ただし、平成五年二月二四日に協議離婚をした。)」を、同八行目の「二箇所」の後に「(一三五頁及び一六一頁)」を、同裏一一行目の「本件不許可処分は、」の後に「個人の尊重を保障した憲法一三条、」をそれぞれ加え、同五枚目表五行目の「右両名」を「控訴人甲野及び乙川の両名」に、同六行目の「夫である」を「夫であった」にそれぞれ改める。

2  同一一枚目裏三行目の「ことから、」の後に、「同法施行規則八六条二項を根拠として定められた」を加え、同五行目の「通諜」を「通牒」に改め(原判決中に「通諜」とあるのをすべて「通牒」に改める。)、同一二枚目裏九行目の「右書籍」の前に「その当時は東京拘置所内においてはドイツ語を解する職員が在職しておらず、これを翻訳することができなかったことから、」を、同一一行目の「同所では、」の後に「通牒に基づき、」をそれぞれ加える。

3  同一四枚目表二行目の「組合員らが」の後に「東京拘置所の門前で横断幕を掲げ、ハンドマイクを用いて「死刑廃止、弾圧粉砕」の」を、同裏八行目の「検閲」の前に「速やかに」をそれぞれ加える。

4  被控訴人国の本案前の主張2は撤回する。

二  控訴人らの当審における主張

1  本件不許可処分について

被控訴人らは、本件不許可処分は監獄法三一条二項、同法施行規則八六条二項、取扱規程、運用通達及び通牒を根拠としていると主張しているが、これらの法令等は憲法に反し、違法である。また、外国語の図書についてはその翻訳料を在監者に負担させるべき法的根拠が存在せず、さらに、本件不許可処分は裁量権の逸脱あるいは濫用により違法である。これらの主張についての具体的な理由は、以下のとおりである。

(一) 監獄法三一条二項は、図書等の閲読に関する制限については命令をもって定める旨規定するのみであって、その命令に対する委任について何らの制約も課しておらず、これは閲読の自由を広汎に規制することを許容するものであり、また、同法施行規則八六条二項は、監獄の取扱に著しく困難をきたすおそれがあることを理由として図書等の閲読につきその種類及び個数を制限しているが、これは行刑機関の事務的な都合のみを理由として在監者の閲読の自由を制限するものであるから、監獄法三一条二項及び同法施行規則八六条二項は、いずれも憲法一三条、一九条、二一条、二三条、二五条及び二九条の各規定に反するものであり、これを根拠とする本件不許可処分は違法である。

(二) 在監者の閲読の制限をするには、これを許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が生じる蓋然性があると認められることが必要であり、その防止のために必要かつ合理的な範囲にとどめるべきであるが、通牒は、この蓋然性の有無を一切考慮することなく、一見してこの蓋然性がないと見られる場合であっても、在監者に翻訳料の負担を負わせることによって閲読の自由を制限しており、不合理な制限であるというべきである。また、公刊されている図書については、何人もこれを閲読することができるものであるから、そもそもこれを事前に検閲すること自体不合理であるというべきである。したがって、通牒は、(一)と同様に、憲法の諸規定に反するものであり、これを根拠とする本件不許可処分は違法である。

(三) 通牒は、翻訳料の負担を在監者に負わせるものであるから、これを負担することができない在監者には外国語で記載された図書を閲読させないという結果となり、日本語で記載された図書の検閲費用が無料であることと対比して著しく均衡を欠き、不合理であるので、憲法一四条に反するものであり、これを根拠とする本件不許可処分は違法である。

在監者に外国語で記載された図書の翻訳料の負担を負わせるには法令上の根拠を要するが、その根拠は何ら存しない。被控訴人らは、通牒を発出する根拠は監獄法施行規則八六条二項であると主張するが、同項は膨大な新聞及び雑誌についての種類又は個数を制限することを認めたものであり、これはあくまで数量的な制限をすることを許容したものであるところ、通牒は、これとは無関係に在監者に対する外国語で記載された図書の翻訳料の負担を定めるものであって、法的な根拠を欠くものである。

のみならず、被控訴人らは、東京拘置所においては、昭和五九年四月以前には、通牒が存在するにもかかわらず、在監者の負担を軽減するために極力在監者に自費翻訳を求めず、同拘置所の職員に審査をさせて判断をする運用を続けてきた旨主張しているところであり、通牒は実際上既に死文化しており、これを根拠とする本件不許可処分は違法である。

(四) 仮に、東京拘置所において、外国語で記載された図書等の翻訳料の負担につき、昭和五九年五月以降、被控訴人らが主張する後記の基準に基づいて行われているものとしても、書籍「ニーチェ」において翻訳料の負担を求められたドイツ語で記載された二箇所の部分は、被控訴人らが翻訳を要しないものとする後記四つの要件のうち③に該当するものである。また、外国語で記載された図書についてその翻訳を要するか否かについては、これを許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が生じる蓋然性があると認められることが必要であり、この蓋然性のないものについては翻訳を要せずに閲読を許可すべきであるところ、「ニーチェ」は、広く市販されているいわゆる新書本であり、翻訳料の負担を求められた二箇所の部分はニーチェの自筆の草稿の写真であるから、その書籍全体の内容、当該箇所の体裁から見ても、右の障害が生じる具体的な蓋然性が全く存しないものである。さらに、控訴人甲野は、東京拘置所に在監中、ドイツ語、英語、アラビヤ語、ハングル語等の外国語が記載された図書、新聞等多数を翻訳料の負担なしに閲読することができたのであり、また、その他にも同様の例が多数ある。

このような諸点にかんがみ、被控訴人所長の本件不許可処分は、明らかに裁量権を逸脱したかあるいは濫用したものであって、違法である。

2  本件抹消処分について

本件抹消処分(一)及び(二)は、以下の理由により違法である。

(一) 監獄法三一条二項及び同法施行規則八六条二項が憲法に反する理由並びに取扱規程及び運用通達がその委任の趣旨を逸脱し根拠のないものであることは、本件不許可処分について述べたとおりである。

(二) 文書等の閲読申請を不許可とするには、監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が生じる蓋然性がなければならないところであるが、「むぐんふぁ」一二号の一〇頁の記事は、第三の世界と日本との関連を記述する目的であり、刑務所内での暴動等を記述する部分は全体の中のほんの一部分にすぎず、しかも、刑務所内での暴動等を批判し、これを客観的に記述するものであって、行刑制度が全く異なる日本において、この記事を閲読したからといって、在監者がこれにより刺激を受けて規律違反行為を起こすおそれは全くないものであり、また、本件抹消処分(一)が行われた当時においては、控訴人甲野及び乙川らの獄中闘争等の活動は鎮静化しており、特に顕著な規律違反行動は見受けられなくなっていたのであって、右記事は、監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害を生じさせる蓋然性はないというべきである。そして、これに加えて、被控訴人所長においては、控訴人甲野に対し、昭和六二年一一月以降平成二年一月ころまでの間、アメリカ、ミャンマー、フィリピン等の諸外国における刑務所での暴動の記事や韓国における刑務所内でのハンガーストライキの記事が掲載されている多数の新聞紙、雑誌の閲読を許可しており、「むぐんふぁ」一二号の一〇頁の記事についてのみこれらと異なる取扱をすべき合理的な理由は見いだせない。

次に、「むぐんふぁ」一八号の四頁の下半分の記事は、昭和六二年四月四日、控訴人甲野を除く控訴人らを含む支える会の会員が東京拘置所の門前等において行ったデモ活動について若干の所感を加えて客観的に記述したものであり、そのデモについては正式な許可を受け、しかも少人数で整然かつ平穏に監獄内の待遇改善等を訴える意思表明を行ったものであって、これによって特に控訴人甲野及び乙川に対し積極的な行動をとるように働きかける目的を持っていたものではなく、また、本件抹消処分(一)が行われた当時においては、控訴人甲野及び乙川らの獄中闘争等の活動は鎮静化しており、特に顕著な規律違反行動は見受けられなくなっていたのであり、この記事を閲読したからといって、在監者がこれにより刺激を受けて監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害を生じさせる蓋然性は全くないものであった。

したがって、被控訴人所長の本件抹消処分(一)及び(二)は、その裁量権を逸脱したかあるいは濫用したものであって、違法である。

3  信書発送遅延について

本件信書の発送の遅延は、特に、控訴人甲野及び乙川については、外部交通の状況に注意を要するものとして上位の職員の決裁を二重に仰いでいたことから生じたものであるが、これは、いったん書信係に検閲させた上で更に上位の職員に検閲をさせるものであって、いわば二重の検閲に当たり、違法である。

三  被控訴人らの当審における主張(本件不許可処分)について

1  東京拘置所においては、従来から、通牒に基づく取扱をしてきたが、その後、書信係の職員をもって外国語が記載されている図書等の審査を行い、極力在監者に翻訳料の負担を負わせないようにする運用をしてきた。しかし、昭和五九年五月以降においては、外国人の在監者が著しく増加したことに伴って、外国語で記載された図書等の検閲業務が多忙となったことから、この運用を止め、再び、原則として通牒に基づく取扱に戻すこととしたが、在監者の負担の軽減を考慮し、①おおむね初級程度の外国文で、検査する職員によってその大意が把握できるもの、②市販の辞典、教典類、③対訳、大意、概要説明がついているもの、④既に内容が把握できている図書類という四つの基準のいずれかに合致するものについては、自費翻訳を求めない取扱をしてきた。

2  控訴人らは、控訴人甲野は、東京拘置所に在監中、外国語が記載された他の文章等を翻訳料の負担を求められることなく閲読することができた旨主張するが、これらはいずれも1記載の①又は③の基準に合致するか、控訴人甲野がその一部の抹消に応じたものであり、これらの取扱については「ニーチェ」とは異なるものである。また、被控訴人所長は、本件後に本件で問題された二箇所の手書き部分の写真を表紙にしたパンフレット(〈書証番号略〉)とカール・マルクスの直筆の写真を掲載した文章(〈書証番号略〉)を翻訳料の負担を求めることなくその閲読を許可した事実があるが、前者については、本件の関係で、既にそのドイツ語の内容の翻訳が行われていたこと、後者については、明らかに判読不能であったことによるものであり、いずれも監獄内において障害を生じる蓋然性がなく、前記基準に合致すると認められたからである。

四  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

第一被控訴人所長に対する本件不許可処分の取消しの訴えについて

右訴えについては、当裁判所も、これを訴えの利益を欠く不適法なものと判断する。その理由は、原判決理由欄第一の一記載の説示のとおりである。

第二被控訴人国に対する損害賠償の訴えについて

一本件不許可処分について

1  被控訴人所長が本件不許可処分を行ったことは、当事者間に争いがない。

2  未決勾留による在監者の図書等の閲読の自由の制限が憲法に反しないことについては、原判決理由欄第二の二の1及び2(一)(原判決一七枚目表七行目から同二〇枚目表六行目まで)記載のとおりである。

控訴人らは、監獄法三二条二項、同法施行規則八六条二項、取扱規程、運用通達及び通牒が憲法に反する旨主張するが、右引用にかかる原判決の説示する制限の目的・趣旨とその必要性及びこれら法令等の規定により許容される制限の態様・程度等に照らせば、右規程そのものが控訴人らの指摘する憲法の条項に違反するものとは解されない。

また、外国語で記載された図書等については、閲読させることによって監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が生じる蓋然性が存するか否かを判断するために、原則として翻訳が必要となり、この翻訳をすべて行刑機関が自ら行うことは実際上困難であるので、通牒は、その翻訳料を本人に負担させることとしたものであって、これをもって不合理な取扱であるということはできず、憲法一四条には反しない。

3  本件不許可処分が行われるに至った経緯は、次に記載するほか、原判決理由欄第二の二の2(二)(原判決二〇枚目表八行目から同二一枚目裏一行目まで)記載のとおりである。

原判決二〇枚目表九行目の「甲イ第一号証」の後に「甲ホ第三九号証、」を、同一〇行目の「一九号証」の後に、「、第二〇号証」を、同裏七行目の「更に、」の前に「これに加えて、在監者に過度の費用負担を与えないため、①おおむね初級程度の外国文で、検査する職員によってその大意が把握できるもの、②市販の辞典、教典類、③対訳、大意、概要説明がついているもの、④既に内容が把握できている図書類という基準のいずれかに合致する文書等については在監者に翻訳料を負担させないという運用をしてきた。」を、同二一枚目表一行目の「翻訳」の前に「ドイツ語の翻訳することのできる職員が在職せず、また、当然には右①ないし④の除外事由には該当しないことから、」をそれぞれ加え、同九行目の「先立ち」を「先立つ昭和六二年四月一六日に」に改める。

4  本件不許可処分の適否

〈書証番号略〉によれば、書籍「ニーチェ」は、基礎教養書として広く市販され社会的評価を得ているいわゆる岩波新書である。著者は、ニーチェ研究者である三島憲一大阪大学教授であり、昭和六二年一月の刊行以来平成四年まで一三刷を重ねている。内容は九章からなり、著者のあとがきによると、ニーチェの生活と思想をその歴史的背景から理解し再構築しようとした学術的労作である。本件で問題とされている部分は、第七章及び第八章の冒頭にその章題とともに掲げられているニーチェの著名な著作「力への意志」及び「ツアラトストラはこう言った」のドイツ語による自筆草稿の断片の写真であり、その体裁・形式ないしレイアウトからみて、写真の中の草稿の文章又は言葉の内容に意味があるものとして掲載されたものではなく(〈書証番号略〉によれば、第八章の冒頭の掲載部分の表題部以外の文章は判読不能のものである。)、ニーチェの自筆を読者に見せることを目的としたもので、いわば章の冒頭を飾る口絵ないしは挿絵の役割をもつものであることが明らかである。

また、右書籍の第四章の冒頭(五九頁)には、本件掲載部分と同様の口絵ないしは挿絵として、ドイツ語で印刷されたニーチェの著書「悲劇の誕生」の表紙の写真が掲載されており、この写真の中段の小さな印刷部分のドイツ語はそれ自体ではほとんど読み取れないが、この部分については翻訳料の負担が求められず、抹消の対象にもされていない。これについて、検閲を担当した当審証人富山聡は、刊行されている書籍の表紙であるから問題にならなかったと供述している。右第四章冒頭の掲載部分とを比較すると、後者がニーチェの自筆草稿で文字の判読の難しい部分が多く、その意味内容を把握しにくいことは、否定できない。

しかし、前記のような本件書籍の性格・社会的評価、著者、書籍の主題及び全体の内容、本件掲載部分の体裁・役割等から素直に考えるならば、本件掲載部分が監獄内の規律及び秩序の維持に影響を及ぼすことを疑うべき特別の具体的手掛かりでもあるのであれば格別、そうでない限りは、監獄規律等を害するおそれのないものであることがおのずから明らかなものとして、あえて翻訳を要するようなものではないとみるのが、合理的であるといわなければならない。この点では、本件掲載部分と第四章冒頭の掲載部分とを区別して取り扱うべき実質的理由は見いだせない。前記証人富山聡の証言によると、本件不許可処分に関与した拘置所の係官は、乙川が本件不許可処分以前にも本件掲載部分を抹消した同一書籍を閲読していることから、乙川側がいやに本件掲載部分にこだわっているとの判断をもったことが認められるが、そうした経過があるというだけで直ちに本件掲載部分の監獄規律等への影響を疑うのは客観性を欠くものであり、他に右疑いを入れるのを首肯しうる具体的手掛かりがあったことを認めるに足りる証拠はない。

そして、本件掲載部分がこのようなものであるとするならば、前記認定の東京拘置所における運用上翻訳を要しないとされている四つの除外事由に形式的には合致するものではないが、この除外事由がもうけられた趣旨にかんがみれば、右のうちの③の「対訳、大意、概要説明がついているもの」に類似するものとして取り扱うことも十分可能であったのであり、厳密には右除外事由に当たらないということから前記通牒の定める所を形式的に適用するのは、先に述べた検閲制度の趣旨・目的に照らし、杓子定規にすぎるといわざるを得ない。本件の検閲担当者自身にもこうした認識が潜在していたことは、前記富山証人の証言からも察せられるところである。

したがって、本件掲載部分が必ず翻訳を要するものであるとして、その翻訳料の負担あるいはその部分の抹消を控訴人甲野及び乙川に求め、同人らがこれに応じなかったことを理由とする被控訴人所長の本件不許可処分は、この種の判断が監獄内の事情に通じた被控訴人所長の裁量に係るところの少なくないことを考慮してもなお、合理性を欠き違法であるといわざるを得ない。被控訴人所長としては、職務上通常要求される注意義務を果たせばこれを避けることができたものと認められ、同所長には過失があるといわざるを得ない。

そして、控訴人甲野本人尋問の結果、〈書証番号略〉によれば、本件不許可処分によって控訴人甲野は本件掲載部分を含む書籍「ニーチェ」を閲読することができなかったこと、控訴人祥子は当時の夫であった乙川及び友人である控訴人甲野にこれを閲読させることができなかったことにより、精神的な苦痛を受けたものと認められ、その慰謝料の額については、本件掲載部分が「ニーチェ」の内容に係るものでなかったこと、また、前記のとおり、控訴人甲野は約一か月後に本件掲載部分の抹消に応じて「ニーチェ」の他の部分の閲読をしており、乙川は本件不許可処分の前に本件掲載部分の抹消に応じて同様に他の部分の閲読をしていること等を勘案すると、控訴人甲野及び同祥子につきそれぞれ三万円をもって相当とする。

二本件抹消処分(一)及び(二)について

当裁判所も、被控訴人所長の本件抹消処分(一)及び(二)は適法であり、この点についての原判決は正当であると判断するが、その理由は、以下に記載するほか、原判決理由欄第二の二の3及び4(原判決二二枚目裏一一行目から同二九枚目裏七行目まで)記載の説示のとおりである。なお、本件抹消処分(一)及び(二)の根拠となった監獄法三一条二項、同法施行規則八六条二項、取扱規程、運用通達が憲法には反しないことについては、前判示のとおりである。

1  原判決二三枚目表二行目の「原告甲野」の後に「及び控訴人永井」を、同五行目の「パンフレット」の後に「控訴人林、同実方、同永井らが編集し発行した「支える会」の通信誌である」をそれぞれ加える。

2  同二四枚目表二行目の後に行を改めて以下のように加える。

「控訴人甲野及び控訴人永井の各本人尋問の結果並びに〈書証番号略〉によれば、被控訴人所長においては、昭和六一年一一月以降平成二年一月ころまでの間に、アメリカ、ミャンマー、フィリピン等における監獄暴動、韓国における監獄内のハンガーストライキ等の記事が掲載された一般の新聞、獄中闘争あるいはいわゆる拘禁二法に反対する記事が掲載された新聞、雑誌等多数につき控訴人甲野に閲読を許可していることが認められるが、これらはいずれも本件抹消処分(一)より後のことであり、これとの比較において本件抹消処分(一)の被控訴人所長の判断を不合理とすることはできない。」

3  同二五枚目表一行目「甲第六号証の二」を「甲ホ第六号証の二」に、同二七枚目裏八行目の「甲第九号証」を「甲ホ第九号証」に、同二八枚目表九行目の「なっていていた」を「なっていた」にそれぞれ改める。

三本件各信書の発送について

当裁判所も、被控訴人所長の本件各信書の発送については適法であり、この点についての原判決は正当であると判断するが、その理由は、原判決理由欄第二の二の5(原判決二九枚目裏八行目から同三一枚目表一一行目まで)記載の説示のとおりである。なお、控訴人らは、本件各信書に対する検閲方法は二重の検閲であって、憲法に違反する旨主張するが、採用できない。

第三以上のとおり、控訴人甲野及び同祥子の被控訴人国に対する各請求については、右に判示した限度で一部理由があるので、原判決を変更することとし(なお、仮執行の宣言は相当でないので、これを付さないこととする。)、その余の控訴人らの被控訴人国に対する控訴及び控訴人甲野の被控訴人所長に対する控訴はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤繁 裁判官山崎潮 裁判官杉山正士)

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